20世紀野球少年

球けがれなく道けわし 全ての20世紀を駆け抜けてきた「野球少年」に捧げる・・・
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いったいどうしたんだ!星野さんは!

野球をしているのに、全然楽しそうじゃないし、弱気な顔で采配しているじゃないか!

国を代表して出場しているから緊張しているのはわかるのですが、選手時代の気迫がまったくない。

1戦1戦が大事なのはわかりますが、そんな顔で采配をしている高校野球の監督はいませんよ。

それで選手がついてくるんですか?

吠えろ!星野仙一!
燃えろ!星野JAPAN!
全国の高校球児が全ての力をぶつけ合うのが夏の大会での予選となります。

各校、選手や監督はもちろんマネージャーやOBそして父兄など多くの人達の想いを背負って戦っていくんだと思います。

悔いのないように 真っ直ぐぶつかっていってほしいです。

「球けがれなく 道けわし」

今年は観戦に行く時間がとれそうなので 宮崎県予選を観に行こうと思っています。

宮崎商業の左腕 赤川投手に期待です。
堀内 恒夫 ほりうち つねお

1948年1月16日生、身長177cm体重72kg 右投右打 投手

甲府市立甲府商業高等学校から1965年ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。
1年目から一軍に定着し、新人記録である開幕13連勝を含む16勝をあげ、最優秀防御率、最高勝率、沢村賞、新人王のタイトルを獲得。以後1978年まで13年連続2桁勝利を挙げ、V9時代のエースとして活躍した。

中尾碩志とともに巨人一筋で200勝をあげた投手である。 守備・打撃にも定評があり、守備ではダイヤモンドグラブ賞を創設年の1972年から7年連続で獲得。「世界の盗塁王」福本豊をして「全く癖が見抜けなかった」と言わしめた数少ない投手である。打撃では1試合3本塁打を1度(ちなみに3打席連続。後述)、通算21本塁打を記録している。V9時代を含め、12回のリーグ優勝、9度の日本一に貢献した。1980年6月2日の対ヤクルト戦で200勝を達成。

引退試合で最終回に偶然にも打席が回り、その打席(現役最終打席)でなんと本塁打を放っている。
米大リーグ、ピッツバーグ・パイレーツのマイナー球団に所属していた桑田真澄投手(39)がメジャー昇格を果たし、当地のヤンキース戦で10日、初登板を果たした。あこがれ続けてきたマウンドに39歳2カ月で立った“オールドルーキー”は「心の中で野球の神様にありがとうございますと感謝した」という。五回からの救援で2回を投げて、大きな手応えを得た。

最初にマウンドにたったあの瞬間、波乱万丈な野球人が何もかもを忘れて野球少年に戻ったのではないでしょうか?

喜びを表に出せるほど“オールドルーキー”の傷は浅くはなかったのだと思います。

マウンドで帽子がずれるほどの躍動感はもう見れないかも知れませんが1人の不器用な野球人のこれからを静かに目に焼き付けて私のエネルギーにしていきたいと思います。

あなたほど1つの事に集中し執着できる人が今の世の中球界以外にもそうはいません。

だから、存在自体が大事なんだと思います。

これからも若輩物の私達にいろいろと勉強させてください。
野球を愛するものならば必ず知っている巨人軍の背番号18の桑田真澄。

その彼が今季限りで巨人軍を対談することを自身のHPで明らかにした。
http://www.giants.jp/G/person/kuwata/

いつかはこの日が来るとは思っていましたが、あまりにも突然の出来事です。

KKコンビで日本全土を沸かせた甲子園。
巨人との密約がささやかれたドラフト。
借金問題。
右ひじ手術からの奇跡の復活劇。

と波乱万丈な野球人生ですが、ここで終止符を打つのか他球団で再出発をするのかが今年の後半戦のシリーズ以外の話題になりそうですね。
他球団などはコーチとしての桑田投手を見越して取りにくると思いますが、私的には200勝目指して現役投手として頑張っていただきたいです。。。。
6年連続で200本安打達成というとてつもないことを実現したイチロー選手ですが、以前イチロー選手が口にした。

「時的な爆発よりも長期の安定こそ本物の力。」

まさに有言実行である!

日本在籍中の200本安打達成が1994年の210安打だけに対してメジャー移籍から6年連続達成していることからもイチロー選手自身の200安打へのこだわりが感じ取れます。

今後とも現役の伝説のプレーヤーとしての言動や行動にも注目していきたいと思います。
プロ野球中日の山本昌広 投手(41)背番号34が史上最年長でのノーヒットノーラン達成。

16日、ナゴヤドームで行われた中日―阪神18回戦で山本昌投手が史上73人目(84度目)の無安打無得点試合を達成、41歳1カ月は1995年に40歳11カ月で記録した佐藤義則投手(オリックス)を上回る史上最年長記録の快挙となった。


 山本昌投手は神奈川県出身。1984年に神奈川・日大藤沢高からドラフト5位で中日に入団し、今年でプロ23年目。
この日の勝利で通算189勝目(138敗、4セーブ)となった。

本当に最近の40代は工藤投手といいパワフルですね。
最近の投手は選手生命が短いといわれていますが、山本昌広投手には当てはまらないみたいですね。

このまま200勝投手までまっしぐら!